いま、いろいろと言葉や想いが溢れているので文字にしたい病が発動中。

こういうときに台本を書きたいのだけれど、スケジュールとその衝動がうまく重ならないジレンマ 笑

その結果SNSに小出しにしておさまっちゃうのはどうしたものかな。

言葉を音にして伝えることの難しさは常に感じているのですけど、この1週間は本当にいろいろな場面で感じました。

自分の想いを伝えるだけならいくらでも散らかしてから整理すればいいと思うんだけれど、そもそも言葉は相手に伝える前提で声にするものなので、とても、迷います。

どうしたら自分の感情に近い感覚で伝わるだろう、とか、まわりが悲しくならない言葉はどれだろうとか、ちゃんと届く言葉を言えただろうか、とか。

職業病なのかな。
言葉を扱う仕事をしているのに、自分の言葉で誰かを悲しませたり、傷つけたり、困らせたりしたくないでしょう?

とはいえそこは人間だもの。
相手の気持ちはどこまでも相手のフィールドにあって、守りたくても届かないわけです。

だから困らせることも悲しませることも傷つけることもきっとある。

わたしだって、誰かの言葉にそんな諸々の気持ちがわくこともあるし。

車に乗ったら事故に遭う可能性は必ずあるのと同じようなもので、気をつけていれば絶対に大丈夫、ではないのです。

だから、それならばと。
せめて嘘のない気持ちを込めて届けたいなと思うわけです。

でもってそうなるといろいろ慎重にならざるをえなくなりましてね。

ごまかしたり、あしらったり、流したりって、それも大切なコミュニケーションテクニックなのだもの。

だから、せめて。
大切な人たちには、まっすぐに。
想いを音にして言葉にして、届けたいなと。

本音を言うことがとても難しいタチではあるのだけれど。

文字ならまだ言えるけど、声に出して言うのは本当に、喉元に煤でもたまっているのでは?と疑いたくなるほど難しい。

だけど、やっぱり、耳に響く音は身体の中をつたって、心に到達する気がするんです。

そして、いつ、なにがあるかわからないから、なにが最後の言葉になるのかわからないから。

だからなんとか、この妙な気恥ずかしさを押しやって、自分にとってはごまかしでない言葉を選択したいのです。



祖母の1周忌である夏を前にしてなおさらこの1週間は、そんな気持ちをキュッとかためていました。


て、いう、
要は、決意表明のブログ 笑

長々と、つらつら話にお付き合いありがとう。


写真はご利益おすそ分けにいただいた、熱海の来宮神社。
行きたいなー。来宮神社。
この写真見てると、好きなひとと行きたくなりますね(*^^*)