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ハーフフィクション*和食レストランとんでん

◎ハーフフィクションとは◎
半分フィクション。半分ノンフィクション。
杏泉しのぶがその日に出会った何かからインスパイアされて書いた、リアルと妄想の間の物語です。





第二話「流れる想い」



懐かしいなぁ。
運ばれて来たネギトロ巻きを見つめて、渡部あきらは感慨深くなる。
学生の頃、初めてアルバイトしたのがこの店だった。
働くことと遊ぶことが一緒という感覚で、お金をもらうことへの責任感なんて無いに等しかった。

同じ高校生アルバイト仲間で遊んだり、大学生アルバイトさんたちも含めてドライブに行ったり、アルバイトはわたしにとって楽しい遊びの延長だった。

初めての彼氏もここで見つけた。
同い年のアルバイトくん。
仕事のできる人で、レジに入って接客する背中を見ているのが好きだった。
片想いが実ったのはそれが最初。

あとから聞いたら周りのパートさんたちにはわたしの片想いがバレバレだったらしく、彼氏ができたと言ったらお祝いされた。

「まあ、あきらちゃん!久しぶり!」
お茶を入れに来てくれた安川さんが変わらない笑顔で声をかけてくれた。

安川さんは当時からバリバリシフトに入っていたパートさん。

会うのは10年以上ぶりなのに、全然変わらない。

ごゆっくり、と言い置いて安川さんは入口から入ってきたお客様を迎えに行く。

10年前と変わらない店内。
変わらないユニフォーム。
変わらない安川さん。

ネギトロ巻きを食べると、その味も変わらず懐かしかった。

喉元にせりあがる感傷をお茶で流し込む。


初めての彼氏は、そのまま旦那様になるはずだった。

プロポーズを待ちくたびれて自分から言いだしたわたしに、彼は驚きながらも頷いてくれたのに。

なんでその半年後、わたしはひとりここでネギトロ巻きを食べているのか。

箸が止まる。

好きな人ができたから別れる。

彼はそう言って去っていった。

あれからずっと考えている。
好きって、なんだろう。
結婚の約束をして、結婚の準備をしていても、他に好きな人ができたら別れるのだとしたら。

どうやって家族になるんだろ。

結婚したあとに好きな人ができたら、また別れるんだろうか。

好きな人を諦めて、家族を選ぶのもまた、正解と言えるのか。

結婚する意味って、なんなんだろ。



んー。
わからん!!

止まっていた箸を動かしてネギトロ巻きをかじる。

難しいことを考えるのは性に合わない。
ぱくぱくとネギトロ巻きを口に放り込む。

ネギトロ巻きだらけになった口をもぐもぐと動かして、もやもやも一緒に砕いて飲み込んでしまおうと思った。

ゲフンとむせて、ごはんつぶが変なところに入る。
慌ててお茶を飲み、口いっぱいのネギトロ巻きを胃袋へと落とし込んだ。

「あー…、ひとつぶ鼻の方にいる気がする…」

涙目で鼻の根元を押さえながら天井を見上げると、そこには見慣れないライトが光っていた。

10年前は、天井に埋め込まれた蛍光灯に薄いオレンジのカバーをかけて柔らかな光が降り注いでいた。

今は丸いリング状のライトからほんのり暖かみのある光が広がっている。

「安川さん、ライト、変えたの?」
隣のテーブルを片付けていた安川さんに聞くと

「そうそう!結構前にね!流行りのLEDに変えたのよ〜。電気代全然違うらしいわよ」

と、得意げに教えてくれた。

そっかぁ。
流行りのかぁ。
全然違うのかぁ。

天井だけ見ると知らないお店みたい。

「安川さん、お茶のおかわりください」

天井を見上げたままのわたしに、不思議な顔をしながら、安川さんがお茶を注いでくれた。

「ライト、なんか変?」
「あ、いえ、ちょっと、下を向くと、流れそうで」
「あきらちゃん?」
不思議そうな顔から怪訝な顔になったのが、安川さんの声からわかる。

わたしは慌ててお茶を飲み込む。

「熱っ!!!」

反射的に下を向いて口元を手で押さえると、ぱたぱたと涙が落ちて、スカートから伸びたひざを濡らした。

「やぁだ!ちょっと、大丈夫?」
安川さんはカウンターへ走って行くと、新しいおしぼりと、お冷やを持って引き返してきた。
「しっかりしてるのにちょっと抜けてるところは相変わらずね」
安川さんは笑いながらそう言うと、呼び出しのコール音にテーブル番号を確認して向かって行った。


安川さんが持って来てくれた冷たいおしぼりを目頭に押しつけながら、深呼吸する。

そっか。

わたし、昔と同じでいたかったんだ。

彼を好きになって、顔を見るだけで嬉しくて、話をできた日はふとんの中で何度も反芻した。

あの日の気持ちとは、わたしの気持ちも違う。

彼だけがわたしを置いて変わってしまったと思ったけれど、わたしの気持ちも変わっていたんだ。

ここに来て、あの日の自分を見つけて安心したかった。
変わってしまった彼が悪いのだと自信を持って責めたかった。

本当にわたし、抜けてるよね。

自分だけは正しいなんて、あるわけがないのに。

一緒に変わって行くことができなかっただけ。

わたしが悪いとか、彼が悪いとか、そんなことじゃない。

氷のたっぷり入った水をひとくち飲んで、安川さんを呼ぶ。

「いちごパフェ、ください!」

「相変わらず好きなの?いちごパフェ」
安川さんが注文をハンディに入力しながらニヤリと笑う。

「はい!大好きです!」

まだ涙のたまる目を隠さずに、わたしは安川さんに笑顔を返した。



♪*♪*和食レストランとんでん♪*♪
公式ホームページ

http://www.tonden.co.jp

ハーフフィクション*茶茶の間

◎ハーフフィクションとは◎
半分フィクション。半分ノンフィクション。
杏泉しのぶがその日に出会った何かからインスパイアされて書いた、リアルと妄想の間の物語です。






第一話「柔らかな反骨心」

やっちまった。

そうひとりごちて高杉結子(ゆうこ)は舌を打った。

耳鼻科のドアを開けて外に出ると、若者の街はすっかり雨に濡れていた。

ビニール傘を開き、ため息をつく。

白く空に消える息を見つめながら、濡れたアスファルトを注意深く歩く。
細い路地の多い裏原宿には、先週の大雪の名残がまだそこかしこに残っていた。

裏原宿にある耳鼻咽喉科へ通い始めてもう10年は経つ。
喉の弱い結子にとってありがたい、喉もきちんと診てくれる貴重な個人病院だ。

耳鼻咽喉科、とかかげておきながら、喉の症状にはからっきしな個人病院を何軒はしごしつぶしただろう。

総合病院は待ち時間ばかり増えていくから、忙しい社会人には敷居が高い。

ようやく見つけた小さな病院は、院長ひとりが患者を診る。
デスクにドンと置かれたパソコンの中に、結子の10年分のデータも入っているはずだ。

2週間前から喉に違和感があった。
喉が詰まるような、なにかできものがあるような違和感。
飲み込むのに支障はなく、なにかに熱中しているときは気にならない。

そのうち治るかとタカをくくっていたら、今朝になって声がかすれ出したので、慌てて病院に駆け込んだ。

営業職が喉を潰したら仕事にならない。

手慣れた様子で結子の喉を診た院長は「特に異常はありませんね。腫れもないし。少し様子を見ましょう」と言って、薬も出さなかった。

それどころか、ちょうどいいとばかりに、間もなく猛威を振るう花粉症の薬を処方されて結子は診察室を出た。
毎年この時期にもらって花粉症をやり過ごしているからだが、今日ばかりはちょっぴり腑に落ちない。

「喉は…?」とおずおず聞いた結子に、院長は「様子を見て治らなければ薬を出しましょう。ストレスから症状がでることもあるし、何でもないことがわかるだけで治ることもありますから」と表情ひとつ変えずに言うばかりであった。

「ストレス、か〜…」

心当たりは、ある。
むしろ、自分でもそんな予感がうっすらとあった。だからこそ、しばらく放置していたのだ。

処方箋を持って薬局へ向かう途中、今まで気に留めなかった電柱の看板がふと目に留まった。

「茶茶の間」

「日本茶と安心食材の和カフェ?」
元々お茶や、和のテイストに心惹かれるタチではある。
それにしても急に気になるなんて、まるでなにかの啓示みたいだ。

腕時計をちらりと見て、結子は踵を返した。「ストレス」と「安心」の言葉が磁石のように引き寄せられた気がしたのだ。

駅とは反対方向のその店は、耳鼻科から5分もかからない場所にあった。

小さな入口のドアを開ける。
意外に重くて、少し力がいった。

店内はさほど広くない。

和のテイスト、よりは、原宿という場所に見合うお洒落なカフェといった風情である。

客席の奥に、お茶を淹れるらしきカウンターがあり、結子はそのすぐ横の二人がけで上着を脱いだ。

フードメニューは主にスイーツのようだ。
そして、日本茶の種類が恐ろしく多彩。
日本茶を看板にかかげるだけのことはある。

そんなメニューの中に茶粥があった。
黒茶で炊いたお茶のおかゆ。

気になる。
優しさに飢えているのか?と、苦笑いしたが、ここはひとつ自分の心に従うことにした。

お茶粥を頼み、ふう、と息をつく。

ストレス。

前にもストレスから円形脱毛になったことがある。
彼女のストレスはいつも人間関係に直結している。

結子の仕事に不満しか言わない反りの合わない上司。
自分から連絡をしなければ会う予定も立たない恋人。
こちらから誘うばかりで誘われることのない友人たち。

わかっている。
それぞれの性格や、性質に理由があることは。誰が悪いわけではない。

上司は結子より几帳面なだけだし、恋人は誰に対しても連絡不精。 グループというのは、なんとなく役割分担が決まり、声をかける担当というのが存在する。

だけど。

どこからも求められない日々が続くと心がしおれることがあるのだ。

代わりのきく自分を痛切に感じて悲しくなる。

普段はそんなことよぎらない、どちらかと言ったらポジティブ思考のはずだ。

こういうときは忙しさにふりまわされて、心が疲弊し余裕がないだけ。

それもわかっている。

わかっていても、浮上しない時はあるものだ。

人間だもの、と小さくつぶやいて、ぼんやりと店内を見回す。

恋人同士らしき男女が二組に、会社の同僚とおぼしき4人の女性たち。

それぞれ話に花が咲いている。

強烈な孤独感につぶれそうになったとき「お待たせしました」と優しい声が降ってきた。

物腰の柔らかい男性店員が、お茶粥ののったトレイをそっと置いてくれる。



メインの乳酸菌発酵茶粥と、粥に入れる付け合わせが3点、白金豚の茶そぼろ、梅ぼし、生姜のつくだに、それに塩 。
鮮やかな色味の温野菜もついてきた。
温野菜につける塩麹もたっぷりと用意されている。

大きめの湯飲み茶碗には粥を炊いたのと同じ黒茶がなみなみと注がれている。
そのかたわらにはお茶の説明カードが添えられていた。

店員の丁寧な説明に礼を言い、まずは黒茶で喉を潤す。
珍しい発酵させたお茶。ささやかな酸味が爽やかでおいしい。

箸をとり、いただきます、と独り言を言ってから、温野菜に塩麹をつけていただく。
熱い野菜は甘みがあり、塩麹がその旨味をより引き立てる。

ふぅ、と息を吐いた。

ため息とは違う、安堵の息。

味付けらしい味付けはないが、それがかえって今の結子には染み入る。

おいしい 。

心の中でつぶやいて、口許をほころばせる。

お茶粥を木製の大きなスプーンですくう。
手に馴染むスプーンも心を慰めてくれるように温かみがあっていい。

口の中で柔らかく広がる、黒茶で炊いた粥の味。
その優しさに、体調が悪いときお粥を食べるのは理にかなっているような気がした。

ひとくちひとくち、大切に味わう。

身体に沁み渡るのを確認するみたいにしみじみ、ゆっくりと。



ストレスで身体に症状がでるのは、自分でも無理をしていることがわかっていて、見て見ぬ振りをしている時だ。

自分に優しくしなくちゃ、と結子はおもう。

人と関わることも、自分から誘い水をかけることも、したくなければしなきゃいい。

消化する暇のない有給休暇は、こんなときのためにあるのではないか。

反りの合わない上司が苦虫を潰したような顔をするところを思い浮かべたが、不思議と胃は痛まなかった。

恋人にも連絡するのはやめよう。
必要ならそのうちに向こうから音沙汰があるだろう。
その前に我慢が切れたら、もう諦めて自分から連絡する女になればいい。
(だが、少なくとも2月の間は堪えよう)

めぼしい友人たちの集まりは先月新年会が終わったところだ。
次の約束まで気にすることはない。

トレイの上をきれいに食べ終えた頃、店員がお茶のおかわりを注ぎに来てくれた。

注がれるお茶の揺らぎを見ながら、しばらくはサービスを受ける側にまわろうと決めた。


「ごちそうさまでした」

会計を済ませ、店員に笑顔で感謝を告げて店を出る。

少しだけ浮上した気分を確認して、結子は雨降る街へと歩き出した。



♪*♪*表参道 茶茶の間♪*♪*


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